baisadoの本棚から(7)

「お店でコーヒーを焙煎しています」と自己紹介すると「あぁ、カフェやってるんですね」と言われることがあります。

焙煎コーヒー豆が買えて、コーヒーも飲めるものの、フードもスイーツもメニューにない店を何と呼ぶべきか、今でもちょっと迷いますが、自分たちとしては「コーヒー屋」だと思っています。

今回は、伝説のコーヒー屋のマスター二人の対談本をご紹介します。

珈琲屋
https://www.shinchosha.co.jp/book/351891/

かつて東京・表参道にあった「大坊(だいぼう)珈琲店」の大坊勝次マスターと、惜しくも69歳で亡くなられた福岡「珈琲美美(びみ)」の森光宗男マスター。同い年生まれ、ネルドリップでコーヒーを淹れる、珈琲屋という商売を突き詰めているという共通点があるものの、会話から窺えるお二人の性格や思想は対照的です。

対談はお互いの店に相手を招く形で行われます。何事につけご自身の考えを明確に言葉にされる森光さんに誘われて、大坊さんもご自分の考えを吶々と、しかしはっきりと語られます。必ずしも見解が一致する訳ではありませんが、それぞれが時間をかけて練り上げたスタイルに、お互い敬意を払っておられる感じが伝わってきます。

大学に入学したての頃、先輩に連れられて入った自家焙煎コーヒー店で生まれて初めてコーヒーを飲み(苦くてストレートでは飲めませんでした)、気がつけば通い詰めるようになっていました。その店もネルドリップでコーヒーを淹れていました。

時が経ち、美味しいと感じるコーヒーは変わりましたが、思えばその頃から漠然と「珈琲屋」という商売に憧れていた気がします。

コーヒーの指南書ではなく、大袈裟に言えば人生の歩み方について考えさせてくれるような本です。

くろまめ茶はじめました

店内で使っている小さなコーヒー焙煎機で、実はコーヒー生豆以外も焙煎できるという話を聞き、以前から興味を持っていました。

焙煎機の構造は、横置きで回転するドラムの上から生豆を落とし入れ、下から火を焚いてドラムを炙ると同時に、ドラムに開いた小さな穴を通じて熱風を送り込むという、シンプルなものです。そのため、あまり粒が大きいものでなければ焙煎できる(例えば栗は大き過ぎてダメな)のだそうです。

何を焙煎しようか考えた結果、コーヒーが苦手な方にもご提供できること、またむくみや冷えに効くと言われることなどから、黒豆を焙煎することにしました。

baisadoでの生豆の扱いと同じく、さっと洗って乾かした後、生豆と同じ火加減で焼き始めると、数分でプツッと小さな音がして、表面の黒皮が横に割れ始めます。さらに焼き続けると、白いお腹が徐々に色づき始め、煎り豆の良い香りが漂ってきます。こんがりといい色になったら焙煎機から取り出して、自家製焙煎黒豆の出来上がり。このままポリポリ食べても香ばしくておいしいです。

煎りたての黒豆を急須に入れ、お湯を注いで3分ほど待つと、深紫色の液体になりました。口に含むと柔らかい喉越しと鼻に抜ける焙煎香。とてもおいしいです。二煎目も問題なくいただけます。さらに、飲み終わったら柔らかく膨らんだ黒豆もいただけます。

お店では急須でお出しして好評ですが、ご自宅でもお楽しみいただけるよう、器具のいらないドリップバッグもご用意しました。ぜひ一度お試しください。

自家焙煎くろまめ茶(ドリップバッグ)

https://baisado.theshop.jp/items/83842103

冷めたコーヒー

皆さんは「熱々のコーヒー」と聞いて、どんな感じを受けますか?季節が冬ならば「飲みたい!」、夏ならば「飲みたくない!」でしょうか。

では、「冷めたコーヒー」と聞くとどうでしょう。季節によらず「あまり飲みたくない」と思われるかもしれませんね。

でも実は、コーヒーは冷めてもおいしいのです。というより、冷めたコーヒーには、熱々のコーヒーとは別のおいしさがあるのです。

コーヒーを飲んだ時に感じる味は主に苦味・甘味・酸味ですが、舌の表面に分布する味覚センサー「味蕾(みらい)」は温度によって感受性に差があり、温度が高いと苦味を感じにくく、甘味は体温前後で最も感じやすい一方、酸味は温度によって感じ方があまり変わらないそうです。

(例えば)https://www.city.sanjo.niigata.jp/material/files/group/17/000089859.pdf

そうすると、熱々のコーヒーは(苦味と甘味を感じにくいので)酸味を強く感じ、冷めたコーヒーは(甘味を感じにくいので)酸味と苦味を強く感じるはずです。

これは、(酸味成分の多い)浅煎りのコーヒーは熱々でも冷めても酸味を強く感じる、(苦味成分の多い)深煎りのコーヒーは冷めるにつれ苦く感じる、アイスコーヒーには砂糖やシロップをたくさん入れないと甘いと感じられない、といった自分の経験とも一致します。

逆に考えれば、ホットコーヒーは冷ましながら飲むことで「味変」すると言えます。「温かく出されたものは冷めないうちに」と料理のようには考えず、ゆっくり時間をかけて、熱々のコーヒー、ぬるいコーヒー、冷めたコーヒーそれぞれの味わいを楽しんでみませんか。

ブレンドしてみよう

コーヒーの香りや味わいは、生産国・産地・品種・精製方法などにより千差万別です。baisadoでは、それら生豆の個性の違いを楽しんでいただきたいと思いながら焙煎しています。

一方で、異なる個性を組み合わせるとどうなるのか、という楽しみ方もあります。それがブレンドです。

「組み合わせて違う味を作る」ことがブレンドの醍醐味です。力強さが特徴の豆と華やかさが特徴の豆、甘味が特徴の豆と酸味が特徴の豆など、組み合わせは自由かつ無限ですが、セオリーとしてはこんなことが言われています。

・異なる特徴の豆を組み合わせる

・個性の弱い豆をメインに、強い豆をサブに

・2種類の組み合わせから始め、あまり複雑にしない(できれば3種類以内で)

baisadoでは、これまで6つのブレンドを作りました。自分たちがおいしいと納得できたものばかりですが、これからも新しいブレンドを作ってみたいと思っています。

ただ、感覚や好みは主観的なものですので、万人にウケるブレンドはないと思います。皆さんも、ご自身の「おいしい」や「好き」を頼りに、自由にブレンドして飲んでみませんか?狙い通りの味わいになれば嬉しいですし、予想外の結果になってもまた楽し、です。そしてもし「これは」というブレンドができたら、ぜひ教えてください。

baisadoの淹れ方レシピ(202401版)

コーヒーの淹れ方には、サイフォン式・ドリップ式・プレス式など、さまざまな種類があります。baisadoではペーパードリップでコーヒーを淹れていますが、これもまたやり方は多種多様です。

お客さんに「どうやって淹れているの?」と尋ねられることが何度かありましたので、baisadoでの(現在の)淹れ方をご紹介します。

○器具

ドリッパー:三洋産業というメーカーの台形ドリッパーを、少し改造して使っています。2人前用は1つ穴・4人前用は2つ穴・6人前用は3つ穴と、大きさによって穴の数が違うのが特徴で、例えば同時に2人前と4人前の注文が入った時にも、同じペースで淹れられるのがとても便利です。

ペーパーフィルター:同じく三洋産業製を使っています。実はペーパードリップのポイントは紙の質で、メーカーによってかなりの差があります。このメーカーの紙は厚みがありつつしなやかで、手触りも心地よいです。

コーヒーサーバー:同じく三洋産業製を使っています。透明度と耐衝撃性の高い樹脂製で、ガラス製のものほど気を使わずに使えます。

ポット:「珈琲考具」というブランドの細口ポットを使っています。安定して細くお湯を落とせるので気に入っています。

その他:毎回できるだけ条件を揃えられるよう、キッチン用の秤と温度計とタイマーを使っています。

○淹れ方

・秤の上にコーヒーサーバーとドリッパーを置き、熱いお湯を注いで温めます。同時にコーヒーカップも温めます。

・ドリッパーの水気を切り、ペーパーフィルターをセットします。

・コーヒーの粉をドリッパーに投入します。1人前の時は13グラム、2人前の時は20グラムにしています。ドリッパーを軽く揺すって表面を水平にします。

・ポットに熱いお湯を注ぎ、温度計を挿します。同時にコーヒーサーバーのお湯を捨てます。

・ポットのお湯が87度まで下がったら、温度計を取り出してポットに蓋をします。

・タイマーをオンにして、ポットから静かに細く、粉の量より数グラムほど多い量のお湯を、1人前なら10ほど、2人前なら20秒ほどかけて、粉の表面全体に落とします。ただし、できるだけ紙に直接お湯がかからないようにします。しばらくすると、ドリッパーからサーバーにコーヒーが数滴落ちてきます。

・お湯を注ぎ終えたら、30秒ほど待ちます。お湯の当たった粉から二酸化炭素が放出され、粉がドーム状に膨らみます。これを「蒸らし」といい、美味しいコーヒーを淹れるために必須の待ち時間です。

・30秒後、1人前なら10秒ほど、2人前なら20秒ほどかけてお湯を注ぎ、同じ時間だけ待ちます。注ぐ場所はドリッパーのど真ん中の一点です(「の」の字を描きません)。これを3度繰り返します。1回のお湯の量は、覚えやすさのため、1人前の時は50グラム、2人前の時は100グラムにしています。

・「注ぐ・待つ」を3度繰り返したら、1人前なら130グラム・2人前なら260グラム抽出したところでドリッパーを上げます。ここまで1人前でおおよそ2分、2人前でおおよそ3分になります。

・カップのお湯を捨て、ドリッパーの中のコーヒーを優しくかき混ぜ、カップに注ぎます。

お店でコーヒーを淹れる際には、味だけでなく安定性や効率性も考える必要がありますが、「沸騰したお湯を使わない」「最初にドバッとお湯を注がない」「蒸らす」などは、自宅で淹れる際にも使えるワザですので、一度お試しください。

朝の生豆洗い

年明け早々の大きな天災や事故に心を痛めつつ、2024年の営業が始まりました。

baisadoでは、焙煎前に生豆を水洗いしています。雑味がなく、冷めても飲みやすいコーヒー作りには欠かせない作業です。

朝、一回あたり数百グラムの生豆をザルに入れ、ボウルいっぱいの冷水に20分ほど浸した後、水を替えながら何度かゴシゴシと洗います。この作業をお米に例えて「水研ぎ」と呼ぶ方もおられます。

生豆を水に浸して20分後にザルを上げると、水は透き通った茶色に変わっています。生豆の産地や精選方法によって、赤みがかっていいたり緑がかっていたりします。色の濃さも様々です。

一度目のゴシゴシ洗いの後は、ボウルの水が濁ります。生豆が見えないほど濁ることも。表面に付着した果肉や、日本への長旅のうちについた汚れではないかと思います。

二度目以降は水の濁りが消え、代わりに生豆を覆う薄皮(チャフと呼ばれます)が少しずつ剥がれてきます。数回洗った後に重量を測り、干物作り用の干し網に入れて天日干しします。

夏の生豆洗いはとても楽しい作業ですが、冬場は水が冷たく、何種類も洗うと手が痺れてきますし、屋外に干してもなかなか乾きません。それでも、洗って干した生豆を焙煎したコーヒーの美味しさを知ってしまったので、この作業はやめられません。これからもずっと、「朝の生豆洗い」習慣を続けていこうと思っています。

2023年 baisado 十大ニュース

今年も残りわずかになりました。そして一気に寒くなりました。

baisadoでの小さな出来事を通じて、この一年を振り返ってみたいと思います。

1.人生初の雪下ろし(1月)

  • 突然の大雪で京都市内は一面銀世界になり、お店の前の歩道はアイスバーン状態、屋根にもガッツリ雪が積もりました。雪掻き道具がないので塵取りで代用し、汗と冷や汗をかきながら屋根から雪を下ろしました。この冬はどうなるのでしょうか。

2.ハワイ コナコーヒー取り扱い開始(4月)

  • いつか焙煎してみたかった高級豆、ハワイのコナコーヒー。生産・輸出入・販売を全て自社で行う会社と偶然のご縁で出会い、100%コナコーヒーを入手できました。噂に違わぬ品の良さとバランスの良さで、お客様にもご好評いただきました。また、売上の一部をマウイ島山火事支援金に寄付する予定です。

3.開店一周年(4月)

4.季節のブレンドシリーズ完結(6月)

  • 昨年秋から季節のブレンドをご提案してきましたが、「夏ブレンド」で一周しました。ブレンドコーヒーは「豆屋」の腕の見せ所と言われるため、毎回少し緊張していましたが、ありがたいことにいずれもご好評いただいています。

5.茶旗新調(10月)

  • 開業当初から、焙煎豆柄の「茶旗」を軒先に吊るしていましたが、「地味すぎる」「何屋か分からない」とのお声がありましたので、「珈琲」と大書された茶旗に新調しました。遠くからでもコーヒー屋があることに気づいていただけるようになった、と思います。

6.焙煎量アップ(10月)

  • 250グラムからスタートしたbaisadoの焙煎ですが、品数も販売量も増えてきたため、一回の焙煎量を600グラムに増量しました。焙煎機に投入する生豆の量を変えると、火力調節のレシピを見直す必要がありますが、試行錯誤の結果、安定して焙煎できるようになりました。

7.デカフェ取り扱い開始(10月)

8.ガスファンヒーター導入(11月)

  • 冬場は屋外並みに冷え込むbaisado、昨冬は電気ヒーターとエアコンで凌ぎましたが、空気の乾燥に苦しめられました。そこで今年はガスファンヒーターを導入。あっという間に温まる上に空気も乾かず、快適になりました。冬本番への準備は万端です。

9.「飲み比べセット」販売開始(11月)

  • 取り扱い商品がブレンドを含めて9種類になったので、全種類を器具のいらないドリップバッグでお楽しみいただける「飲み比べセット」をご用意しました。ご注文いただいてから手作りしますので、それぞれの独特な香りと風味を、ご自宅でもしっかりお楽しみいただけます。

10.賃貸契約更新(12月)

  • 2021年末に物件の鍵を預かってから、あっという間に2年が経ちました。オーナーさんに契約更新を了承いただきましたので、引き続きこの場所で営業を続けられそうです。来年も引き続きどうぞよろしくお願いします。

冬の新商品(1)

長い夏と短い秋を経て、いよいよ冬がやってきました。

おいしいホットコーヒーを楽しんでいただけるよう、この冬も新しい商品をご用意しています。

第一弾はこちらです。

エチオピア イルガチェフェ ゲルシ G1 Natural

しばらくお休みしていました、エチオピア産コーヒーが再登場です。

エチオピアはコーヒーの原産地です。その中でも南エチオピア州(2023年8月に「南部諸民族州」が分割されて創設)ゲデオ県イルガチェフェ郡産のコーヒーは、明るい柑橘系の香りと爽やかな風味が特徴で、大変人気があります。我々も大好きです。

今回ご紹介する「ゲルシ」は、伝統的なナチュラル(非水洗)方式で精選されており、イルガチェフェの特徴的な香りが一層引き立っています。生産地名の「ゲルシ」は現地の言葉で「協力」を意味するそうです。

改良されていない在来品種の生豆は小粒で細長く、焙煎すると甲高い音で爆(は)ぜ、微かな柑橘香がふんわりと辺りに漂います。一日寝かせると香りがはっきり感じられるようになり、日に日に香りが深くなります。注文をいただいて密封瓶を開けるたびに、幸せな気持ちになります。

エチオピア・ケニア・ルワンダと、これでアフリカ産コーヒーが勢揃いしましたので、久しぶりに「アフリカントリオ」もご用意しています。ぜひ一度お試しください。

デカフェの作り方

 お店を訪れてくださるお客さまから時折、「コーヒーは飲みたいが体質的にカフェインを取れない」「寝る前にもコーヒーを飲みたい」という声をお聞きしていました。そこで、デカフェ(カフェインレスコーヒー)を取り扱ってみることにしました。

 baisado初めてのデカフェとして選んだのは、こちらです。

ブラジル セラード プリマヴェーラ農園 カトゥアイ Natural

https://baisado.theshop.jp/items/79475637

https://baisado.theshop.jp/items/79657921

 baisadoでいつも扱っているブラジル・セラード産であることに加え、単一農園・単一品種・伝統的なナチュラル製法であることに興味を持ちました。生豆は独特の暗い色をしています。

 このコーヒー、「スイスウォータープロセス」という処理方法により、風味を損なうことなく、コーヒーに含まれるカフェインだけが99.9%除去されているとのこと。

 どんな処理方法なのか興味が湧き調べてみると、スイスウォーター社という(なぜか)カナダの会社の特許製法で、概ね以下のような手順でデカフェコーヒーを作るそうです。

  • 生豆をぬるま湯に浸けてふやかし、水溶性の成分を溶け出しやすくする
  • 純水に生豆を浸し、(カフェインを含む)水溶性の成分が限界まで溶け込んだ液体(Green Coffee Extract(GCE))を作る(この生豆は堆肥にして活用される)
  • GCEをカーボンフィルター(活性炭)に通し、カフェインだけを取り除く(使用後の活性炭は、加熱炉でカフェインが除去され再利用される)
  • 別の(販売用の)生豆を、カフェインが除去されたGCEに浸す
  • 生豆からカフェインだけがGCEに溶け出す(他の水溶性の成分はGCE中に飽和しているため溶け出せない)
  • カフェインが溶け込んだGCEをカーボンフィルターに通してカフェインだけを取り除き、再び生豆を浸す(これを何度も繰り返す)
  • 生豆からカフェインが99.9%除去されたら、GCEから取り出して乾燥させ出荷する

 以下のビデオで、この手順が分かりやすく紹介されています(日本語字幕もあるようです)。

 肝心の風味ですが、一口目こそ「いつものコーヒーと少し違うかな?」という感じがするものの、飲んでいるうちに気にならなくなります。また、味わいに物足りなさは感じません。カフェインが苦手な方だけでなく、気にならない方にも日常的に飲んでいただけそうです。

 他の商品よりさらに少量ずつ焙煎しているため、時には切らしてしまうこともありますが、店頭あるいはオンラインショップで見かけられたら、ぜひ一度お試しください。

アラビカコーヒーの伝播史(2)

 前回は、アラビカコーヒーの二大源流の一つ、ティピカ種の歴史をご紹介しました。今回は、もう一つの源流であるブルボン種の歴史です。「ティピカ」は「典型的な」という意味の名前ですが、「ブルボン」はなんと島の名前でした。

 記録によると、フランス人は1708年・1715年・1718年の三度、コーヒーをイエメンからブルボン島(現在のレユニオン島)に導入しようと試みており、最近の遺伝子研究もこのことを裏付けています。ただ、このうち成功したのは二度目のごく少数および三度目の幾らかの木だけでした。19世紀の半ばまで、ブルボン島のコーヒーが島外に出ることはありませんでした。

 アフリカへのブルボン種の普及には、(精霊修道会の)スピリタンスとして知られるフランス人宣教師たちが大きな役割を果たしました。1841年に、最初の伝道団がレユニオン島で結成されました。続いて1859年にはザンジバル島で、1862年にはバガモヨ(タンザニア沿岸部の町・当時の呼称はタンガニーカ)とセントアウグスティン(ケニア・キクユにある町)で、さらに1893年にはブラ(ケニア・タイタヒルズにある町)に伝導団が結成されました。そのそれぞれにおいて、レユニオン島で収穫されたコーヒーの種子が植えられました。

 セントアウグスティンの苗木はケニアの高地で広範囲に植えられた一方、バガモヨの苗木はタンザニア側のキリマンジャロ地域にいくつかのプランテーションを設立するのに用いられました。早くも1930年には、タンザニア・モシ近郊のリャムンゴにある研究施設が、バガモヨ産の種子が植えられたプランテーションのすぐそばで発見された、並外れて優れた母樹の「集団選択」に基づく、公式なコーヒー繁殖プロジェクトを開始しました(「集団選択」は「マッサル・セレクション」とも呼ばれ、優れた特性を持つ個体群を選抜し、それらから得られた種子を集めて次世代の個体を育てるプロセスを繰り返すことです)。この研究施設は、現在のタンザニアコーヒー研究所(TaCRI)中央研究施設の母体です。

 ブラからの苗木は、1899年にセントオースティン(ナイロビ近郊)にある別の伝教団に届けられ、そこから得られた種子がコーヒー栽培を希望する住民に配られました。これがいわゆる「フレンチ・ミッション」コーヒーの起源です。

 最近のDNA指紋鑑定によって、CoorgやKentとして知られる古いインドの品種は、ブルボン種の子孫として位置付けられることが示されています。このことは、1670年にババ・ブーダン(訳註:17世紀インドのスーフィー(イスラム神秘主義者))によって、イエメンからインドに持ち出された最初の種子には、おそらくブルボン種系統とティピカ種系統の両方が含まれていたことを示しています。さらにこのことは、オランダが1696年と1699年に(よく言われるようにイエメンからではなく)インドから種子を持ち運んだ際に、ティピカ種の系統がブルボン種から分離したことを意味していると思われます。

 ブルボン種は1860年に初めてアメリカ大陸(ブラジル南部のカンピーナス近く)に導入されました。そしてそこから北上して中米諸国へと広まっていきました。

https://varieties.worldcoffeeresearch.org/arabica-2/history-of-arabica