酸っぱさと酸味

 baisadoにいらっしゃったお客さんに「お好みはありますか?」とお聞きすると、およそ半数の方が「酸味があんまり得意じゃなくて」とおっしゃいます。そこで、その日のラインナップの中から、酸味が少なめな商品を選んでお勧めしています。

 酸っぱさが前面に出たコーヒー、実は私たちもあまり好みではありません。でも、コーヒーの甘味や苦味を引き立てるような酸味は好きです。英語でも「酸っぱさ」は「sour」、「酸味」は「acidity」と、別の言葉で表現されるそうです。酸っぱさと酸味、何が違うのでしょうか。

 コーヒーの生豆(なままめ)に含まれている糖や酸を焙煎すると、加熱による化学反応によって酸味や甘味や苦味が作り出されます。そのバランスは産地や品種によって異なりますが、焙煎度合いによっても大きく変化します。一般に、焙煎が進むにつれて酸が増えていきますが、さらに焙煎を続けると酸が分解されて減少し、代わりに苦味成分が増えていきます。その結果、いわゆる「浅煎り」では酸味が強調され、「深煎り」では苦味が強調されることになります。

 baisadoでは、全ての商品を同じ焙煎度で仕上げています。いわゆる「中深煎り」と呼ばれ、酸味と苦味のバランスが取れていて、甘味も感じられる、産地や品種の特徴が表現されたコーヒーを目指しています。

 もちろん味覚は個人差が大きいものですが、極端に酸っぱい、あるいは苦いコーヒーだとは感じられないと思います。「酸味があんまり得意じゃなくて」と日頃お感じの方、お店にお越しの際は、一度「おいしい酸味」のコーヒーも試してみてください。

開店一周年

 一年前の4/30に、baisadoは初めて店を開けました。開ける前は恐る恐るでしたが、開けた後は息つく暇もないほどの忙しさでした。いま思えば、自分たちに全く余裕がありませんでした。

 それから一年、(ほぼ)週末の昼間だけの営業を続けてきました。少しずつ自分たちのペースを持てるようになり、コーヒー豆のラインナップを増やすことができました。二度三度とご来店くださるお客さんができ、ご近所の方にも覗いていただけるようになりました。遠くの方がスマホで検索してわざわざ訪れてくださったこともありました。

 前夜からの強い雨が上がった今日は、湿った風が吹く少し肌寒い一日でしたが、いつも通りのんびりしたペースで、お馴染みのお客さんや初めての方に立ち寄っていただきました。

 自分たちが美味しいと感じられるコーヒーを飲みたくて自家焙煎コーヒー店を始めましたので、baisadoのメニューにはコーヒー豆とハンドドリップコーヒーしかありません。そして、そんな「コーヒーだけの店」を一年間続けられたのは、使ってくださった皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。

 2年目ものんびりペースのbaisadoを、どうぞよろしくお願いいたします。

ササキスポーツ

 baisadoの西隣には、ササキスポーツというラグビーショップがあります。というより、ササキスポーツの東隣に、baisadoが店を出させてもらっています。

 baisadoの店舗写真には、たいていササキスポーツの大きな看板が映り込んでいますし、宅配業者さんに「baisadoです」と言って通じないときも、「ササキスポーツの隣です」と言えばすぐに分かってくださいます。いっそ店名を「ササキスポーツ喫茶部」に変えようか、と冗談で話すほどです。

 なんと90年前からこの地で営業しておられるそうで、京都のラグビー界ではとても有名なお店なのだそうです。ラグビーを始めたお子さんを連れて店を訪れる、おそらくご自身もラグビーをしておられたであろうお父さんの姿もよく見かけます。かつては店内でジャージも製造しておられたとか。

 もうすぐ90歳になられる店主のおじいちゃんは、baisadoの開店前からずっと親切にしてくださいます。普段は店の奥に静かに座っておられ、開店前と閉店後に会釈する程度のやりとりですが、時々は店頭に顔を見せてくださり、この界隈の昔話や、商売の大先輩としてのアドバイスをくださいます。商売を続けることの難しさと楽しさを背中で教えてくださる、ありがたい存在です。

 店を始めて1年に満たない私たちにとって、90年は途方もない長さですが、お客さんがあってこそ店を続けられるということは理解できます。一日一日丁寧に商売して、いつかおじいちゃんに「なかなか頑張っとるな」と言ってもらえたら嬉しいです。

baisadoの本棚から(6)

 前回ご紹介したハワイ コナ産コーヒーにちなみ、今回はこの本をご紹介します。

山岸秀彰「美味しいコーヒーを飲むために-栽培編-」(いなほ書房)

 著者はニューヨークで活躍した投資銀行マンで、44歳にしてアーリーリタイア。美しい夕焼けを求めて夫婦でハワイ島・コナ地区に移住しましたが、家の敷地に植っていたコーヒーの木に興味を持ち、経験ゼロからコーヒー栽培を始めた方です。持ち前の探究心と勤勉さで、抜きん出て高品質なコナコーヒーを生産しましたが、重労働のため体を壊し、残念ながら2020年に販売を休止されました。この本では、著者自身が実体験から獲得した、美味しいコーヒー豆作りの持論が展開されます。

 著者は、美味しいコーヒー(クリーンでフルーティで甘くて、何時間かけて飲んでも飲み疲れない)を実現できるコーヒー豆を、以下のように定義しています。少し長いですが、引用します。

 一本のコーヒーの木から実を摘む際に、水分不足でスカスカの実、カラカラに乾いた実、栄養不足で黄色く変色した実、実の付け過ぎで突然死した実、菌類の影響で茶色に変色した実、高温で疲弊した実、直射日光に焼けた実、窒素焼けの実、虫食いの実、過熟の実、腐った実、カビの生えた実など、あるいは誤って摘んでしまった未熟の実などの欠陥実は別の袋に分別しながら、完熟した実のみを収穫用バスケットに入れ、摘み終わった木には、これから熟す緑の実だけが残り、そこには完熟みや欠陥実は一つも残さず、かつ、地面に実を落とすことなく摘んだコーヒー

 「熟した実と欠陥実は全て摘み取り、そこから欠陥実を全て取り除き、逆にこれから熟す実は一つも摘まない」という、言葉にすれば分かりやすいことですが、これを実行すること、他人に実行させることがいかに難しいかを、著者は繰り返し語ります。そしてそれは、実を摘み取るピッカーに対する報酬の極端な低さに起因することを指摘します。これを改善するには、消費者が真に美味しいコーヒーを知り、安くても美味しくないコーヒーを避けることで、生産者がピッカーに十分な報酬を支払うよう仕向けなければならない、そうしなければ遠くない時期に美味しいコーヒーは飲めなくなる、と著者は警告します。

 健康に育った木に実った、健康に完熟した実を、ピッカーが丁寧に摘むことこそが、美味しいコーヒー豆づくりの秘訣だという著者の主張は、言われてみれば当然で、しかしはっきりとは気付いていませんでした。生豆を焙煎して販売する私たちには、生産者やピッカーにまで想いを致していそうな取引先から生豆を仕入れることしかできませんので、これまで以上に仕入れに対して注意深くなろうと思います。

 内容はシリアスですが、文章は非常に洒脱で、時に笑わされつつスラスラと読めてしまいます。コーヒー生産の実態について興味がおありの方は、ぜひ一度お読みになってください。

春の新商品(2)

昨秋収穫されたばかりの、珍しい100%ハワイコナコーヒーを、期間限定でラインナップします。

ハワイ コナ リルジーン農園 ティピカ

学生の頃、コナコーヒーは「粉コーヒー」のことだと思っていました。大人になっても、ただ高いだけのコーヒーだと、飲んだこともないのに偏見を抱いていましたし、ハワイ旅行のお土産にもらったコナコーヒーは、ほんのちょっとしかブレンドされていませんでした。

しかし、この仕事を始めてから、非常に貴重な、かつおいしい珈琲であることを知りました。

コナは、ハワイ諸島最大の島であるハワイ島西海岸に位置します。そもそも「コナ」とは、現地の言葉で「西」のことだそうです。

東西3km・南北35kmの「コナコーヒー・ベルト」と呼ばれる地域では、火山灰性土壌の水捌けのよさと豊富なミネラル分、朝晩の気温差の大きさ、海からの湿気による霧の多さなどの条件に恵まれ、標高は数百メートルと他の産地に比べて低いにもかかわらず、世界トップクラスのコーヒーが生産されています。

100年以上前、日本から海を渡った人々が、苦労してコーヒーを栽培し、今に続く名産地を築かれたのだそうです。

ところが、先進国での栽培のため人件費は高騰し、世界屈指の高いコーヒーになってしまいました。また、悲しいことですが商品偽装も横行しているようです。

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「リルジーン農園」は、生産・精製・輸出入・卸売を全て自社で手がけている日本人経営の農園で、トレーサビリティは完璧です。また、ブルボン種と並ぶコーヒーの2大原種であるティピカ100%であることも大きな魅力です。

香り、甘味、酸味、コクをバランスよく兼ね備えた、混じり気のない100%コナコーヒーを、ぜひこの機会に一度お試しください。

春の新商品(1)

 少しずつ春が近づいてきました。baisadoにも新しい商品が入ってきています。

第一弾はこちらです。

ルワンダ スカイヒル ブルボン

 ルワンダという国をご存知でしょうか。アフリカ中部にある、コンゴ・ウガンダ・タンザニアなどに囲まれた内陸の小国です。元は王国でしたが、19世紀末にドイツ領、20世紀前半にベルギー領となり、1962年に独立を果たしました。赤道にちかいにもかかわらず、「千の丘の国」と呼ばれるほどの海抜の高さのため気候は過ごしやすく、アフリカ大陸で人口密度が最も高いのだそうです。

 ルワンダのコーヒー栽培はドイツ領の時代から始まりました。1990年代の大虐殺を乗り越え、現在は再び高品質なコーヒーを生産しており、伝統品種であるブルボン種が主に栽培されています。

 爽やかな酸味とフルーティさが特徴ですが、同じアフリカのエチオピアやケニアに比べると軽やかかつ穏やかな印象です。味わいはしっかりあるのにスイスイ飲めて、思わずおかわりしたくなるような、そんなコーヒーです。ぜひ一度お試しください。

 またbaisadoでは、現在ブルボン種のコーヒーを3種類ラインナップしています。ブラジル セラード ブルボン クラシコグアテマラ アンティグア アゾテア農園 ブルボン SHB、そしてこのルワンダ スカイヒルです。これらは全て同じ方法(水洗式)で精選されており、焙煎度も同じ(中深煎り)に揃えていますので、味わいの違いには生産国の土壌と気候の違いが強く反映されていると思います。

 オンラインショップにもセットをご用意しました。この機会に、ブルボン3種の飲み比べはいかがでしょう。

ブルボンセット(グアテマラ・ブラジル・ルワンダ)

baisadoの本棚から(5)

「このコーヒー、どんな味ですか?」

というお客さんの質問に、いつも悩みながらお返事しています。「甘い」「苦くない」「酸っぱくない」ぐらいはパッとお答えできるのですが、より細かい風味を表現するのはなかなか難しいです。

実は、コーヒーの風味表現には辞書のようなものがあり、専門的なトレーニングを積むと、自分が感じたコーヒーの風味を共通の言葉で伝え合うことができるそうです。が、私たちはまだその域に達していません。

そこで今回は本ではなく、コーヒーの風味表現を調べるうちに発見し、いまお店の壁に貼ってあるマップをご紹介します。

ASEAN Coffee Flavour Sphere

アセアン諸国のコーヒー生産量は、世界全体の1/3を占めているそうですが、現在世界で標準的に使われている、コーヒーの風味表現の用語集には、アセアン諸国(というより欧米以外の地域)では一般的な表現が含まれていないそうです。

そこで、アセアン各国が加盟するASEAN Coffee Federation傘下の研究機関ASEAN Coffee Instituteが、アセアン地域独自の風味表現を加えた用語集を開発し、美しいチャート形式で発表しました。

このチャートでは、9つの主要な風味表現(フルーティ、スウィート、ナッツ など)ごとに、世界標準の用語にアセアン独自の用語が付け加えられています。特に用語が多いのは「フルーティ」の中の「トロピカル」や、「フローラル(花のような)」で、あまり聞き慣れない果物や花の名前がたくさん載っています。

もし日本でこのようなチャートを作ったら、すだちとか桜とか味噌とか、そんな用語が出てくるかもしれません。

上のリンクからチャートをダウンロードできますので、ご興味あれば一度ご覧になってください。

baisadoの本棚から(4)

京都には、ユニークな喫茶店が数多くあり、歴史ある店と新店が共存しています(僭越ながらbaisadoも)。

今回は、そんな京都の喫茶店史を俯瞰できる本をご紹介します。

京都喫茶店クロニクル 古都に薫るコーヒーの系譜

明治期の大学生に重宝された「ミルクホール」や、お酒も飲ませる大正期の「カフェー」から話は始まり、昭和初期にオープンし今も現役の「進々堂」「フランソア」「築地」や、戦後すぐにオープンした「イノダコーヒ」「スマート珈琲店」「喫茶ソワレ」など、店と人の両面から京都の喫茶店の歴史を紐解いており、興味がつきません。

京都に出てきてすぐの頃、大学の先輩に連れられて行った喫茶店のコーヒーを、初めは濃すぎて飲めませんでした。しかしそのうちそれが当たり前になり、毎日通う行きつけの店になりました。コーヒーの美味しさと面白さを教えてくれた、その店の店主が修行したお店も取り上げられており、ちょっと嬉しくなりました。

最近話題のお店までしっかりカバーしているこの本を片手に、京都の喫茶店巡りはいかがでしょうか。

baisadoの本棚から(3)

今回は大判のビジュアル本をご紹介します。

ビジュアル スペシャルティコーヒー大事典 2nd Edition

「ナショナルジオグラフィック」という雑誌から出ており、最初はちょっと不思議な感じがしましたが、内容を見て納得。世界のコーヒー生産国が地域別に詳しく紹介されており、写真も満載。コーヒー好きの方はもちろん、地理好きの方にも楽しめる内容です。

本の前半は、世界チャンピオンになったこともあるイギリス人バリスタが、植物としてのコーヒーとその飲用の歴史や、自宅で美味しくコーヒーを楽しむためのコツなどを、分かりやすく解説しています。

どこから読んでも楽しめて、写真を眺めるだけでもワクワクする、そんな本です。値段と大きさが玉に瑕ですが、図書館などで見つけられたら、是非一度ご覧になってください。お店でもご覧になれますよ。

baisadoの本棚から(2)

タイトルを変えて、お店に並べている本をご紹介していきます。

今回は、川島良彰著「コーヒーハンター」です。

コーヒーハンター―幻のブルボン・ポワントゥ復活

街の自家焙煎コーヒー屋の息子が、高校卒業と同時に実家を飛び出して中米エルサルバドルでコーヒー栽培技術を学び、その経歴を見込まれ日本最大のコーヒー会社に就職、ジャマイカ、ハワイ、スマトラなど世界のコーヒー名産地を飛び回り、ついにはフランス領レユニオン島で幻のコーヒー品種を現地スタッフと協力して復活させる、というお話です。

これがなんと実話。著者の飾らず率直な筆致に引き込まれ、一気に読んでしまいました。

コーヒーに関する知識や現地事情(必ずしも良いことばかりではなく)が分かるだけでなく、裸一貫で世界を雄飛する日本人の冒険譚としても楽しめます。

著者は現在超高級コーヒーブランドを立ち上げる一方、「コーヒーで世界を変える」べく様々な活動に取り組んでおられます。これまた15年前に出版された古い本ですが、もし見つけたらぜひ一度読んでみてください。